……いや、いやいや、これはないでしょう。どういうことですか室見さん。
どうって?
確かによく使われてますけど……イーサネットですよ? それこそキーボードやディスプレイと同じ一般用語じゃないですか。一体どこに中二的な要素があるっていうんです。『必殺! イーサネット!』とかじゃ全然燃えないですよ。
くっくっく。
最後の最後で不敵な笑みが!?
甘いわね桜坂、一般用語だから中二的でない? そもそもあんたイーサネットってどういう意味だと思っているの。
どう……って、ハブとかスイッチ越しに行われる通信で。
仕組みじゃなくて。言葉そのものの意味。
言葉そのもの? EtherNet……Netはネットワークだとして、あれ? Etherってなんでしたっけ。
ローマ字読みしてみて。
エ……テ、r?
rはルと読む。
エテル! まさか……エーテル!?
そう、ゲームとかでもよく出てくるでしょ。古くは古代ギリシアにおける神々の領域のこと、転じて天上を満たす物質として宗教や物理学などで幅広く使わているわ。もともとはギリシア語で『輝く』的な意味、アイテールという発音が英語読みでイーサと変わっていったの。
エーテルネット……。驚きました、まさか普段使っているネットワークにそんな単語が隠れていたなんて。
まぁ読み方が違うから普通は気づかないわよね。ちなみに命名の理由は『至る所に存在し情報を伝達する媒介たれ』というコンセプトから。古典物理学のエーテルには『宇宙の隅々を満たす不可視の物体』って意味があったからそこに引っかけた感じね。
ロマンチックですねぇ。
くそまじめな技術者だと『MACアドレスを使う通信プロトコルだからMedia access Control Protocol-MCP!』とかネーミングしちゃいそうだけど、そこにエーテルの名前を持ってきたのが流石よね。痺れるわ。
まさに中二的センス……。
その中二的センスが、競合規格であるFDDI(*1)やトークンリング(*2)を蹴散らしていったのよ? 痛快じゃない? 真面目一辺倒な技術が必ずしも勝利するわけじゃないって感じで。
大切なのはロマンだと?
当たり前でしょ。セクショナリズム・既得権益が通信業界を席捲していた時代に、全世界の端末を垣根なく繋ごうとしたのよ。よほどの夢想家じゃなきゃ取り組めないわ。あるいはロマンチストでないと。
なんか……僕ら、実は夢のある業界にいるんですね。
そう、中二的なIT用語があるんじゃない。ITという世界自体、ある種の中二病なのよ!
(ガーン!)
そ、そうだったのか! いや、室見さん開眼しました。まさかこれほど大きなオチが待っていたとは。さすがです、ちょっと胸が熱くなりました。僕、頑張ってこの業界で働いていこうと思います!
分かってもらえたようで何よりだわ。じゃあ最後の回答編いきましょうか。綺麗に〆るわよ、桜坂!
はい!
(*1) Fiber-Distributed Data Interface。LANにおけるデータ通信の規格の一つ。高価なため廃れ気味。
(*2) IBM社のLAN規格。端末をリング型に接続、送信権をつかさどるトークンというデータを周回させアクセス制御する。やはりコスト面でEthernetに勝てず廃れた。